繰り返されるのは、生と性と死の授業。









あなたに捧ぐ歌

- All about lovin' U -








軽く足を止めて、視線を寝ている彼女へと送る。

当然彼女はその視線の全てを、しっかりと受け止めることは出来なかったけど、
ゆっくりと上半身を起こして、

「今日はありがとう。何だか迷惑かけちゃったね。」

穏やかに言ってくれた。





















柔らかくて、どこか哀しいオレンジ色の光が、西側の窓から差し込んでいた。

「ずいぶんとお楽しみいただいていた御様子だねぇ、マー君。」
教室に戻ると開口一番、孝也が言った。
「そっちはだいぶ退屈していたようすだね。…悪かった、ごめん。」
僕が謝ったのをいい事に、孝也が
「明日何か奢ってくれる? 消費系じゃなくって実用性のあるもの。」
「はいはい、わかったよ。」
僕は面倒臭そうに返した。


「それで、どうだったの? どうだったの?」
孝也が年頃の女の子のように、好奇心丸出しで聞いた。
「別に孝也が考えているようなことはしていないよ。ただ、桜美の誕生日を祝ってきた。」
「誕生日?」
「うん、誕生日。楽しかったよ。」
「そうか…。」
「それだけ?」
「他に何言及しろってんだよ。まさか本当に
 あんなことやこんなことやってたんじゃねぇの?」
僕は孝也の脛を蹴飛ばしておいた。






ややして、僕は今朝買った地図を机の上に最大に広げて視た。
何に使うかはもう忘れてしまったため、意味を成さないも。
僕達が住んでいる国は、まるで棒のように描かれていた。

「…なぁ、その地図って世界地図か?」
孝也が小さく指摘する。

「うん、そうだよ。何に使うか忘れちゃってね。
 でも、無駄じゃないよ。きっと。」

僕がこの地図を買ったことが無駄ではないのか。
こんな世界地図なんていうものが世の中に存在していることが無駄ではないというのか。

何が無駄じゃないのかは、自分でもわからなかったけど、僕はまるで熱に浮かされた
かのように呟いた。

赤い色鉛筆を胸ポケットから取り出して、
地図上の、この国の回りに大きな円を描いた。

「生まれることって、死ぬ事に似ているかもしれないね。」

ほんの少しだけ間をおいて、こう続けた。

「あまりにも背中合わせにあるから、まるでそれが同じことのように思えてくる。」

今、この瞬間にもこの地図の背後では誰かが死んでいて、誰かが生まれてる。

その中で、彼女や僕にいつ死神の鎌が襲い掛かってくるのか、
それでも生きていることは無駄ではないのだろうか。

「「でも、きっと無駄じゃない。」」

2人の声が重なった。
それが孝也と自分のものだと気がつくと、僕は驚いて、孝也に真剣な眼差しを向けた。

「…言うと思った。」
孝也が普段よりも少し低めの声で告げた。

呆れているのか、笑っているのかはわからない。

でも、さすが、というべきかな。
ずっと運命のようにキミと一緒に暮らしてきて、どんなに長い時間を旅してきたか。

…強く、思い知らされた。


何が無駄で、何が無駄じゃないのかは、わからない。

ただ、

「孝也、以前に一度僕は"人生は長い長い旅だ"って言ったよね。」
言った。

地図上のこの国と、端の方に描かれていた小さな点を結んでみた。
長い、長い線になった。

孝也は何もいわず、僕の次の言葉を待った。

「全部、桜美のためだったのかもしれないって。今、思った。」

右手に持っていた赤鉛筆をきつく握り締める。



「そう思うなら、今こんなところで俺と話してないで、早く桜美の所へ行ったら?」
はっきりと、孝也が提案した。

「好きなんだろう? お互いが。こっちだってお前らのもたもたした様子見てるより、
 潔くきれいにスパッと決めてどーんと会話してるのを見てるほうがいい。」
付け足した。

「いや、それはさすがに桜美に悪いよ。」
僕が言うと、全てを知っているかのように、
「…まだ言えていないんだろう。付き合うってこと。」
返された。

「…言ってはいないけど、それなりに振舞ってはみた。
 でも結構人のこと優先する性格だから気づいてるとは思う。」
「気がついていない方に100万円。」

言いかけの台詞に、孝也がくっきりと声を重ねた。

「そっか。そうだね」

笑う。









僕は結局再度保健室へ向かった。今度は孝也と共に。

生暖かい風が、僕の頬を撫でて、

「僕は幸せにできるかな…桜美を。それとも」
「幸せにできるかな、なんて思っているうちはできないんじゃない?」

再び声をかき消された。
冷たく、機械的に言い放つ孝也に、

「そうだね。幸せにできる、できないの話ではなくて、幸せにしなくてはいけないんだよね。」
変わらない表情の下で、呟いた。

“絶対”なんて言葉は使いたくないし、立派な誓いも立てられない、
それは、酸素を体内にとりこむことよりも簡潔で、ひと粒の白米にだるまを描くことよりも
難しいことに思えた。

それでも、精一杯やってみようかと思う。




孝也と歩きながら、僕はお気に入りの歌を歌い出した。
ゆっくりで、アップテンポで、なめらかな歌だった。

なんとなく、桜美の横顔を思い浮かべて、

自分達によく似ているメロディだと思った。














































地図の上の赤い線。
途中には7つの海と6つの大陸があって、
星の数ほどの国があった。

世界人口は6,335,944,333人と言われていて、
それこそ星の数だと思えた。

その中で、僕の隣にある空間は貴女の身長分のスペース。

たったそれだけ。

たったそれだけを、今は必要としてみた。



















*END*



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